三代目の決断
「柴田屋の今」の社風や文化を作っている9つの決断をご紹介します。
- 決断1
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「柴田屋で働くぞ!」
僕には2つの選択肢がありました。一つは家業の酒屋を継ぐこと、もう一つは異なる職業に就くこと。
両親は共働きでしたがどんな時でも褒めて励まし、4人の兄弟を愛情たっぷりに育ててくれました。
高度成長期で景気が良く、柴田屋も業績は上がって勢いがありました。社員みんな家族のようでした。将来は長男である僕に柴田屋を継いで欲しいという両親の期待を感じていたので、決断は簡単でした。柴田屋で自分がどこまでできるのかチャレンジしたいと思いました。 - 決断2
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「社員を大切にするぞ!」
酒類小売免許の規制緩和前で今後業界がどうなっていくのか不安の中、柴田屋・家族を守るためにはどうしたらいいのか?を考え、「日本一の酒屋」で修業すれば生き残れると決断しました。嘘をつくのが嫌だったので、正直に酒屋の息子で3年間の期限付きと説明したところ何度も断られましたが、諦めては意味がないと、根気強く交渉し入社させてもらいました。
大阪での目的はただ一つ、「日本一の酒屋の作り方」でした。どうしたら知ることができるのかを探り、ようやく創業者である会長にあうことができました。会長に日本一になる秘訣を尋ねると、「人や」と一言だけ。この時その意味がすぐにわかりました。勿論お客様もですが、それ以上に社員を大切にすることの大切さを実感していたので、柴田屋に入ったら社員を大切にすると決断しました。 - 決断3
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「業務用卸(BtoB)に特化するぞ!」
当時の柴田屋は、飲食店向けの業務用卸(BtoB)と近所のご家庭への配達が主な業務でした。このまま酒類小売免許の規制緩和が実施されれば、大手資本のスーパーやコンビニで酒類が販売されるため、事業の柱を参入障壁のある業務用卸へ全面的にシフトすることを決断しました。周りの同業者が廃業する中僕たちが生き残れたのはBtoBにシフトしたからではなく、事業の中心を家庭用にするのではなく、BtoBに会社の資本を集中させたからです。
- 決断4
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「既存のお客様を大切にするぞ!」
その頃僕は、トラックで配達しながら営業をしていました。新規店の開拓をしなければ柴田屋を守れないと考えていました。ある時いつものように既存店様のお隣の居酒屋さんに飛び込み営業をしました。武器は価格しかありませんでした。そこに、そこの酒屋さんが配達にきました。その瞬間僕は柱の陰に隠れてしまいました。何かやましいことでもしている気分になりました。「横取り?」居酒屋の社長は「柴田屋さんの250件のお客様は満足しているの?」と。
僕は、新たなお客様を開拓することしか考えておらず、お客様から選んで頂いているということに気付いていませんでした。既存店様のご繁盛のお手伝いができれば、共に成長することができます。そして「既存店第1、新規第2」という標語を事務所に貼りました。「提案⇒ご繁盛⇒もう一店舗出店」250件のお客様が繫盛して、もう1件ずつ出店したら500件になる。それから「こだわり通信」「シバの日」などの、お取引先のスタッフさん向けのアカデミーを始めました。
さらに、飲食業界の発展にもっと貢献できればと考え、「S1サーバーグランプリ」「外食オーナーの経営塾 太陽の会」を立ち上げ社会貢献活動を始めました。 - 決断5
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「ワインを制するものが日本一だ!」
一番難しいワインの提案ができれば、日本酒やクラフトビールも攻略できるし、価格だけでない価値をご提供できると、ワイン日本一を目指すことを決断しました。自らワインアドバイザーを取得し、品質管理(リーファーによる温度管理とヴィンテージ&在庫管理)をスタートしました。現在「輸入→在庫→物流」と一貫したリーファー管理を実現しています。柴田屋のワイン売上シェア30%は、同業社の3倍、ビール1L50円の粗利額に対してワインは220円と4.4倍。
ワインを学ぶのは簡単なことではありませんが、チャンスをつかむためには手間を惜しみません。 - 決断6
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「理念経営をするぞ!」
事業が拡大し、社員が増えたことで様々な考えを持つ社員が現れ始めたとき、「経営計画書」を活用して同じゴールを目指すことを決断しました。
まず始めたのは「理念・ヴィジョン」を作り直し。2日間かけて、自分達らしい想いの込もったものを作り上げたうえで、経営計画と月次決算とのギャップを検証し対策を練ります。
現在は柴田屋のMVVを全社員で目指します。世の中の変化のスピードが速くなる中、社長通信、業界ニュースを毎月発行。また、決断のプロセスや理由を理解してもらうため、週刊社長を毎週書いています。「穴を掘る」から「井戸を掘る」へ。 - 決断7
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「海外進出するぞ!」
10年後に生き残る飲食店はどこか?それは誰もわからない。もしそれがわかれば今からお付き合いを始めればいい。
仮説を立てるとしたら、「成長企業は出店ために人材を集めることができる魅力のある会社」がそうなのかもしれません。日本の人口は減少していきます。海外からも採用できる会社、海外進出している会社しか成長できないのでは?そこで柴田屋も海外進出し、日本との架け橋になれればお役に立てるのではないかと決断しました。現在タイ(バンコク)、イタリア(ミラノ)、韓国(ソウル)に法人を立ち上げ、日本酒や焼酎の販売をしています。2020年には、世界10ヶ国との架け橋を目指します。
そして日本酒を「国酒から国際酒へ!」するために一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーション(JSA)を立ち上げ、「サケエキスパート」を通じて日本酒業界の発展にも貢献していきます。 - 決断8
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「S商品で製造卸業になるぞ!」
為替や資材の高騰により輸入酒類の「値上げ」が続いていました。お客様の困った顔を笑顔にするには自社で輸入するしかないと決断しました。既に市場に流通している商品よりもコストパフォーマンスの高いものしか、S商品とは認めません。またS商品は輸入だけではなく国産オリジナル商品を積極的に開発するため、「株式会社麦酒企画」をグループ化することによりオリジナルビールの製造を可能としお客様に柴田屋にしかできない商品やサービスをお届けします。
- 決断9
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「世界SAKA-YA構想だ!」
新型コロナの影響により今までのBtoBだけの酒屋の事業モデルだけでは「全社員の幸せ」「人と人をSAKEで繋ぎ世界中を笑顔にします!」のミッションを実現できないと判断したときに、「世界SAKE-YA構想」を思い付きました。
現在柴田屋グループは現在、柴田屋ホールディングス、柴田屋酒店、SELESTA、SAKE-YA JAPAN、SKL、SHIBATA-YA THAILAND、SHIBATA-YA ITALY、SHIBATA-YA KOREAの8社あり、それぞれの会社の強みを活かしながら商品・販売チャネル・営業スタイルを開発してきました。(酒の6次産業化×グローバル展開)
これからはグループのシナジーを最大化することで、MVVの実現を目指していきます。そのために「アメーバ経営(独立採算制)」を導入します。各社の持つ資産(人、モノ、金、時間、ノウハウなど)を有効に活用することがゴールへの近道になります。
柴田屋のロゴの由来
人と人をSAKEで繋ぐ、柴田屋の目指す想いの象徴です。
柴田屋の目指す「人と人をSAKEで繋ぎ、世界中を笑顔にします」を象徴したのが、このロゴマーク。
丸い地球を表す白い円に創業者の愛犬であった柴犬のジョンのモチーフ、日本酒の一升瓶にハートを合わせています。
新たな出会いと固い絆を大切に、あらゆる困難を潜り抜け、飲食業界を発展させたい、
SAKEのプロフェッショナルとして日本の国酒である日本酒を世界に広めたい、という思いが込められています。